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花を咲かせる 書き下ろし
岐阜県・大通寺住職 西川 知孝 
 秋の運動会の練習でしょうか。近くの小学校から聞こえてきました。

♪♪ そうさ 僕らは 世界に一つだけの花 一人一人違う種を持つ
その花を咲かせることだけに 一生懸命になればいい    ♪♪
                        「世界に一つだけの花」より

 一人ひとりがもっている花を咲かせることの大切さを、シンガーソングライターの槇原敬之さんは(うた)に託します。それを聴いて、ある()を思い出しました。
坂村(さかむら)真民(しんみん)さんの「念ずれば花ひらく」という詩です。

念すれば花ひらく
苦しいとき母がいつも口にしていた
このことばを
わたしもいつのころからか
となえるようになった
そうして
そのたび

わたしの花が
ふしぎと
ひとつ
ひとつ
ひらいていった

 坂村真民さんは生前、『「念ずれば花ひらく」という言葉を一人でも多くの人に伝えたい』と切に念じておられました。
 私が小さい頃に初めて衣を着て、師匠についてある一軒の檀家さんの家にお参りに向かった時のことです。その家には同じ小学校に通う友達がいました。私は「笑われるのでは」と内心不安になりながら、お参りに上がりました。すると案の定、私の衣すがたを見るなり、親の影でクスクスと笑い家の中を走り廻っていました。
 時は流れて、今は大人になったその少年は、お盆とお彼岸には仕事がどんなに忙しくても「ご先祖さまの事ですから」と、両親と一緒に必ず、私の後ろで仏壇に向い手を合わされます。大きな手を合わす姿がとても不恰好には見えますが、何故かどことなく、とても美しく見えるのです。
 檀家さんの少年は、小さい頃から毎年欠かさず親と一緒にお参りをしてきました。その一年一年の積み重ねが「念ずれば花ひらく」こととなり、何時しか、ご先祖さまやご両親を大切にする心が芽生えたのだと思います。
 念という字を見ると「今」の「心」と書きます。一心となってただひたすらに手を合わせることにより、自分にも仏心(ぶっしん)の花が開いていくのでしょう。
 さあ、あなたも社会を心の花園と念じて、人に優しい仏心の花を咲かせましょう。

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