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「いのち」に学ぶ生き方 書き下ろし
佐賀県・貴明寺住職 土岐 弘親 

ひとの生をうくるは難く やがて死すべきものの
               いま生命(いのち)あるはありがたし

と、法句経に説かれています。
 この世に人間として生まれてくることは、大変に稀有なことであり有難い事なのです。そして、生まれたらいつかは必ず死ぬべきものの私が今、ここに生きているということが、いかに有難いことであるかと言うことです。
 しかしながら、この事を自分自身に問いかけたときに、残念ながら私達は、若くて元気なうちは「生きているのがあたりまえだ」と、あまり意に介しない自分に気付くのであります。若くて元気で、死ぬということを考えない時には、生きている喜び、有難さは分らないのであります。
 私の寺の役員をしていただいている65歳の男性Kさんは、奥さんの勧めも有って近くの病院で検査を受けられ、胃ガンだとわかりすぐに胃の全摘出手術を受けられました。現在、術後4年を経過して役員もそのまま続けられて、以前から習っておられた水墨画にもより以上熱心になられ、さらに書道、音楽、美術鑑賞、それに自宅の畑での仕事と、胃ガンで手術をされた後とは、とても思えない程に日々の活動を楽しんでおられます。術後5年目の北京オリンピックの年まで再発のない事を目標にされています。
 私が驚いた事は、術後、退院をされてお寺に来られた時、「和尚さん、自分のガンがわかってよかった!」と何でもなかったかのように話されていた事です。退院されてからは、それまで以上、それぞれの事に驚くほど前向きに取り組まれていることに、どこからそのエネルギーが出てくるのか不思議なくらいでした。もし、自分だったら、ガンのショックの方が大きくて、とてもそのような気持にはなれないし、何もしないで毎日落ち込んでばかりいたのではないかと思いました。
 Kさんの「和尚さん、自分のガンがわかってよかった!」という言葉は、胃がんという病気を受け入れられたことによって、自ずと前向きの積極的な生き方が生まれ、「自分は、生きられてよかった!」「自分のいのちに縁があってよかった!」という、生きているいのちへの大きな歓びの言葉だったのではないでしょうか。

災難に逢う時節には災難に逢うがよく候。死ぬる時節には死ぬがよく候。
これは災難をのがるる妙法にて候。

と、良寛禅師は説かれています。
 災難に逢ったらそれから逃げ出そうとせずに、直面するがいい。死ぬ時がきたら、ジタバタせずに死ぬ覚悟をするがいい。これこそ災難を逃れる妙法なのだ。ということです。現実の問題として、私達は誰でも、いつ死や災難に逢うか分からないのであります。それは、良い悪いの問題ではなく否応なしの現実の事です。
 自分のおかれた現状を「あるがまま」に見て、その事実を受け取り、開き直り、その上で更なる努力を続けることによって、そこから却って前向きの積極的な生き方が展開していくということなのだと思います。

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